日本歌謡曲の歌詞には意味がない

あなたは歌詞に酔ってはないか

あえて歌謡曲と言わせてもらうわけですが、私が再三言いたいことといえば現代の若者に夢をとかそういうことではなくて「歌謡曲の歌詞には意味がない」ということである。これがまずは大前提になるので、音楽が好きな方々は是非このテーゼを踏襲していただきたく思うわけです。以下に心当たりがある方は是非考えなおしてほしい。

  • 松任谷由実は音楽的才能もあるが歌詞がとてもいいと思う。
  • 尾崎豊の曲に感動したことがある。(長渕剛も同じ)
  • 歌詞カードは大切である。
  • 英語の歌謡曲の歌詞の意味が気になる。
  • Judy & Marryの曲は歌っている内容に夢がある。
  • ヴォーカロイドにはあたたかみがない。(ヴォーカロイドを知らない)
  • Begineが好き。
  • ブランキージェットシティーの歌詞を全部暗記している。
  • 心を込めて詩を書いたことがある。
  • 新宿西口で自分の詩を売っている女の子「私の志」を知っている。
  • 本当は斉藤由貴の卒業が好きだが、プロジディーのライブで暴れたことがある。
  • 松田聖子のレコードをたくさんもっていたのに、今はMassiv Attackが好きだと公式的には言っている。
  • ヒッピホップはやはり左翼的でなければならないと思う。

上記問いにYESが相当数ある場合は要注意である。
歌詞には意味がないというのは、歌詞をつくっているアーティストの方に意味がないと言っているのではなく、歌詞は音楽の一部であり楽器の音色の一部であり音楽の一部であるということを言いたい。つまり取り出してみてボードレールの詩のように読むべきればない。これが日本の歌謡曲の力であると思うわけである。

橋本環奈と薬師丸ひろ子とセーラー服と機関銃

橋本環奈のセーラー服と機関銃が予想を超えてとてもよい。(少なくとも私はココ最近毎日聴いている)1981年に映画化され現在2016年の今に至るまでセーラー服と機関銃の曲というそのものは全く錆びてない。2016年になり更に未来感が出てもっとよい音楽になってしまった。が、そのときである。セーラー服と機関銃の歌詞に意味があるのか。ただ心の片隅にでも小さくメモすることに意味があるのだろうか。さよならは別れの言葉じゃなくて再び会うまでの遠い約束とか言って2016年に感動している人はいるんだろうか。勿論いるだろう。だがしかし、何故そんなチンケな歌詞に感動するのか。それは歌詞自体に意味がないからです。意味のない歌詞が35年を経て、更に意味のないことを証明してくれたというわけである。おそらくそれは音楽というジャンルの潜在的な力にほかならない。
ただこの歌詞に意味を持たせずにすばらしい音楽にのせてあたかも歌詞に深い意味があるようにするという手法は聖書と賛美歌のような感じで比較的伝統的に行われている手法なのではないか。

この歌詞に意味がないといったことについては作り手の方が以外にも意識的じゃなかろうかと思っている。

Last update: 2016.03.20 (日)