AWSはシステムではなく思想なんです。

本当にみんなアホなんじゃないかと思うときがありますがAWSはもう進みすぎてしまって意味がわからないという感じなんだと思います。AWSがクラウドだとか何とかいう言葉尻を覚える前に理解しておかないといけないことがたくさんあります。

そもそもサーバーとは何か?

サーバっていうのは、物理的な物質の側面と概念(情報)という側面があります。むかしは物質的な側面が情報を支配していたわけです。つまりサーバーに入っている情報量は冷蔵庫とか倉庫とかと同じで物理的に決定されていたわけです。だいたいどこの世界でもこういう考え方が適用されるので比喩的に受け入れられやすいといったものになります。この場合物質的な側面がソフト的なポテンシャルを限定するわけです。
さて現在のクラウドサーバーがどうなっているのかというと、物質的な側面が情報を限定するということが少しづつなくなっているんです。いえ、もちろん全部がそうであるというのは語弊があります。ですが、まずはHDDの容量です。安価な上に16TBという容量は今や全くての届かない量ではないし、シーゲイトが発表・実演した60TB SSDはもう特に驚くべきことでもない感じになっています。人差し指ほどの USBが128GBもあったりする時代には物理的な空間が情報空間と比例するということが非現実的になってきているのです。数ミリ四方のチップが数百TBの情報量を持つことはそんなに難しくない時代がくるかもしれません。
世界最大容量60TBのモンスターSSDをシーゲイトが発表。SAS接続3.5インチ、最安ギガ単価で来年発売
ハード自体の各パーツが安価であると同時に技術的な進歩により大量生産されるようになりハード自体の価値がソフトそれ自体の価値に凌駕されつつあると同時にAWSでは実際に凌駕してしまっているという言い方ができると思います。
かくしてサーバーはハードという物理的な側面からソフトという概念的な側面にとって変わられたといっても過言ではありません。これから先の未来ではサーバーは物理空間であるというよりもむしろ概念(コンセプト)であるということになります。ここまでのことは、わかります?
もっとわかりやすくいうと、ターミネーターを散弾銃でどんどん破壊してもまたすぐに生き返ってきたりするし、ターミネーター自身がターミネーターを生産しているので壊しても壊してもどんどんゾンビみたいに出てくる。。。あれが物理的な物質をソフト(情報)が超えたときなんです。映画の中でキーになっている「スカイネット」は現在のクラウドそのものと考えてOKです。

羊飼い

農耕文化が根強い日本と比べて西洋では牧畜の文化が根底にあります。遊牧民族は家畜によって人間の生命を維持してきました。日本人には不慣れな文化なのです。遊牧民にとっては「一所懸命」などという言葉は非常に見当違いでありそういった発想すらありません。
彼らは家畜が豊かに育つ土地にどんどん移り住んでゆきます。家畜が草を食いつくしてしまうとその土地にはしばらく用がなくなります。用がなくなると立ち去ります。
さて、AWSの創立メンバーは農耕民族ではなく遊牧民族の方々です。彼らは複数のサーバーを羊のように家畜として飼っています。

Last update: 2018.01.02 (火)